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2014年7月1日火曜日

息子誕生

凄まじき時間 人間の生まれ出るエネルギー。
助産師さんと全員で力を合わせ生まれた。破水から刻々と時間は経つ中、皆明るく懸命に、母と息子も本当頑張った。動物的ですべてを放心した空間は強烈に神々しく、放心状態。心から皆さんに感謝致します。2014年6月30日、22時48分誕生。また一つ大きな責任を背負って進んで行きます。母は美しかった!

2014年3月29日土曜日

中学校教員へ向けた、創作ダンス教材用映像撮影

今月8~9日、中学校教員へ向けた創作ダンス教材用映像を、子供たちと出演させていただきました。JCDN主催、文科省委託事業です。

私は創作ダンスとはダンスのジャンルではなく、ダンスの根本的な部分、もしくはダンス全体に包括しているようなものとして私は捉えています。何かを生み出すこと、日常の様々な記憶を身体が咀嚼(そしゃく)して外へ出すような感覚です。

教材映像を作るにあたって、現役の教員の方に、中学校教育、子供たちの現状、現場状況わからないことをたくさん教えてもらいました。ダンス教育展開は、まだまだ傾倒していきます。村上 明裕さん佳奈さんありがとうございました。子供たちの出演はDANCE STUDIO OOPS!/MK DANCEの協力ありきです。ありがとうございました。

子供に関わらず、心身の豊かな成長にとってダンスは有効なツールの一つであります。しかも面白い。単なるコンテンツとしてだけでなく、授業組立の面白さも教員の皆さんに感じてもらえる事が私の伝えたいところです。

完成はしばらくお待ちください、改めてお知らせをいたします。




















2014年1月3日金曜日

静岡ワークショップ 老人福祉施設のアウトリーチを終えて

あけましておめでとうございます。
新年早々ですが、昨年末終えた仕事の報告が年内にまとめ切れず、まずはそのご報告から今年は始めたいと思います。

1224日(火曜)、通っていた静岡の老人福祉施設「久能の里」での最後のワークショップを終えました。これは静岡市民文化会館のアウトリーチで、約1年間、月に1~2回のペースで施設へ行ってきました。あまりにも毎月行くのが常であったので、また来週も行くような感覚です。お年寄りの方へ対するWS効果は、私の技量次第で大きく変わってきます。体力面、集中力など考えると、お年寄りの方の一分一秒はとても大切な時間でもあり、このWSはいつも以上に気を張って臨んでいました。1年かけてWSを行うこと自体あまり経験がありませんが、この長さは苦しくもあり、返せばとても充実感を得られるものだと言えます。いやー皆さんどうだったのでしょうか。

私がとにかく見たいのは、内なる躍動が形になることです。世の中と繋がる五感などの「感覚機関」がしっかりと機能し、様々な事象や刺激を吸収し、「表現」となってぐんぐん排出されることです。これはある意味当たり前の人間の営みのことですが、近年人は皆、結構感覚を遮断していたり、吸収しても偏った思考にとらわれたりと、なんだかんだと素直に反応出来ずにいるものです。

WSの初回、まずはミュージシャンのマルケンさんのギター(これがまた素敵なのです)を聞き、何かを感じる。方法は違ってもこれは常に行ってきました。
心が踊っていれば踊りです。
体を動かしたければ動かし、嫌なら動かさない、皆の踊りを見るだけが良ければ見ていればいいし、音楽を聴くだけがいいならただ聞いていれば良くて、ただそれだけなのです。
もし、ただじっとしてその場にいても、その次の機会に、「今回は体を動かしてみようかな」とか「この曲は好きだからちょっと楽しいな」など回ごとの心の変化を大切にすることです。

よっぽどのへそ曲がりでなければ、身体を動かすことに抵抗があっても、心地よさそうに身をゆだねて体を動かしている仲間がいる空間にいること自体は苦にはならないはずです。

一年の間は音楽のイメージを絵にしたり、拾い集めた草木でオブジェを作りそれを持って踊ってみたり、子供たちを連れて行って交流したりと、同じことは極力繰り返さず、誰もが刺激を得られるよう様々なアプローチを行ってきました。
「みかんの花咲く頃」など馴染みある曲で振り付けをし、動きを揃える回もあれば、それぞれバラバラで感じたことを形にする回を間に入れます。

当初はおそるおそる動かしている方、また人の真似をするにとどまっていた方も、様々なアプローチを重ねるに従いそれぞれ生み出すものや反応は日増しに創造性溢れるものとなり、言葉にならなくとも何かを感じ外へ形にしていく姿が増え、そこかしこに目を奪われるようになりました。先日の最終回での発表は、立ち上がって踊れる方は立ち上がり、皆表現はよりそれぞれの内面深く趣あるものとなり、感動した第三者の拍手反応の中で興奮につつまれ、踊り終えた表情はとても輝いていました。

吸収したものを何か形にして排出。その出てきたものをまた誰かが吸収して排出をする・・・それは人間同士のつながりを確認できるとても自然な行為です。「言葉」や「思考」の狭い世界に留まらず、とっとと身体の形に変換するほうが、つながりははるかに簡単なことかもしれないと思います。

お年寄りの方の会話はすごくシンプルで、「楽しい」「〜が好き」「~は疲れる」などで、こちらからの問いかけも複雑な説明などまったく必要としていないことも多々ありました。
しかし会話が成立していなくても「そうですか」と笑えば同じく笑顔が返り、言葉がなくとも足や手をしっかりさすればとても穏やかな表情になります。度合いは違っても、年をとれば皆記憶力は低下していきますが、それは単に個人が生きる上で必要のないことは記憶し無いのだろうと思います。記憶力が低下してもご飯は食べられますし、人と触れ合えばお互いの個人の情報など本来は必要のないことですし。
お年寄りの方たちが大切にしていたのは瞬間の感覚で、理屈よりも先にそこに生きる喜びがあるかどうかという事だと感じます。そして一緒に誰かとその喜びの瞬間を共有することが出来れば、誰かとの間には余計なものはいらないのです。

私自身は先導をする立場でありますが、恥ずかしながらまだまだ余計なものにまみれ、バランスをとるために無理をしている部分が多くあります。お年寄りの方がひとたび瞬間に没頭して身体(心)を動かせば、私に足りない生きる本質を山ほど振りまきます。
それぞれてんでバラバラに踊る事は、自身の内側(心)をさらけ出す行為だと思っています。自身の肯定、老いるということの肯定、生きざまへの肯定。
たくさんの力を頂きました。

まだまだ続けて皆さんが踊って行くことを願っています。
年を重ねた身体だからこそ、見せるべき美しさがあることをもっとたくさんの方に感じていただきたいと願います。

毎回アシスタントできてくれたダイス、レーコさん、ミュージシャンのマルケンさん、記録を取ってまとめてくれた山口さん、野沢さん、文化会館の村松さん、中村さん、前田さん、竹田さん、JCDNの神前さん、佐東さん、手伝いをしてくれたムサシ君、女神の皆さん、千代田小学校の子供たち、チズさん、映像のナカノデザインの皆さま、ひとまずは疲れ様でした。久能の里の佐藤さん、職員の皆さま、ありがとうございました。本当にたくさんの方それぞれが自身の役割を持ち協力し合うとても素晴らしい時間でした。
その場に加わることができた事にこころより感謝をいたします。

ちなみにWSの様子は冊子とドキュメンタリー映像として、現在まとめています。2014321日静岡文化会館でのシンポジウムにて上映し、今後は市民へのダンス芸術によるWS効果の一例資料として配布、公開する予定です。

本年もよろしくお願いいたします。


























2013年9月7日土曜日

踊りは誰でもできる。静岡市民のダンス公演「バースデー!!」無事終了しました。


一昨日静岡より東京に戻りました。久々の我が家、ほっと一息です。


昨年末より静岡市民ダンサーの皆と長きに渡り積み上げた、ダンス公演「バースデー!!」が先週末に無事終了いたしました。
関わった誰もが持てる力を存分に発揮した素晴らしい時間でした。

私は常々、本来世の中には芸術家は存在しないと思っています。それは誰も皆に当たり前に付随している能力で、過去より個人の瞬間の感覚や、そこから生まれる感情や意思を尊重しなくなっていった現れが、それぞれに根付いていたり、と他にも理由はありそうですが、本当は誰もが生み出すことが出来る(出来ている)はずです。


そして現にプロではない静岡の市民ダンサーは素晴らしい作品を生み出し、参加者とともに協力し合い作品を成長させ、観客の喝采を浴びていました。今後、個人のストレス解消に留まるか、他人を揺さぶるその次を目指すかなどで、芸術の質はもちろん変わってきますが、自身で生み出した経験は確実に大きな前進であり、その力は日常にも反映していくはずです。
いやー私自身も発見と素晴らしい経験の連続で、もちろん失敗も含め、濃厚に勉強をさせてもらいました。

今後は、冬まで続いてゆくデイケアセンターのアウトリーチも含め、静岡のコミュニティダンスにおける展開とその成果、記録、ダンスの社会的効果を踏まえシンポジウムを3月に行う予定です。


写真の舞台セットだった木は、安倍川の流木です。彼らの象徴!
力強い今後の展開をお楽しみにしてください!





2013年8月24日土曜日

宮城 被災地ワークショップ 再び

8月21日~23日、仙台の亘理にある逢隈小学校へワークショップを行ってきました。昨年に続き二度目の訪問です。これはソケリッサ!の活動を通じ面識ある宇都宮大学の長谷川先生提案で、被災地の子供たちが普段学校で経験できない事を学ぶサマースクールで、宇都宮大学の学生が中心となり子供たちと触れ合います。そしてその一環として前回に引き続き私も参加をしています。

アップの写真が見せられず残念ですが、子供たちはとてもいい顔をして踊ってました。前回と違うことは、今回はギター演奏家、歌い手でもあるマルケンさんが静岡より参加、子供たちと生の歌と音楽との空間はとても芸術性に溢れました。また以前できなかった、親を対象としたワークショップをできたこともひとつ前進です。普段はなかなか出せない自身の自由な思いや今を形にする姿は本当に尊い時間だなと改めて感じました。
もう少し続けられる環境があればな・・と思います。

以前訪れた、津波で倒壊した山元町は瓦礫がないものの余り変わらない姿でした。塩分濃度の上がった土も震災から二年半経ち濃度が収まったのか茶色い草は減り、緑の雑草が生い茂っています。写真の草原は元は全て住宅や商店があった場所です。
三日目は閖上地区へ行きました。閖上地区は700名以上が亡くなり、41名が行方不明のままで、ショベルカーが写る写真は町を再建中の一コマですが、一旦人の手で遺体がないか探すために盛られる小山が点在しているのが写っています。ゆくゆくは3メートルの盛土をした土地へとなり、新たに町を再建するとのことでした。

復興は進んでいるようで進んでいない気もします。


宇都宮大学の学生と共に、滞在時お世話になっているNPO法人「亘理いちごっこ」という施設があります。
この施設は、安く食事を提供するカフェでもあり、震災で職を失った方への働く場作りや、集まった人がおしゃべりをして思いを話す空間、子供たちへの勉強を有志の若者が教える寺子屋、などを運営し、社会貢献賞や総務大臣賞などを受賞しています。代表の馬場さんの話では、いろんなコミュニテイ空間が震災後生まれたが、年々と復興資金獲得が困難となり、どこもかなり状況が苦しくなっているそうです。「亘理いちごっこ」も例外ではなく震災助成金が減れば、経営に意識を取られ地域に目を向けた活動へのモチベーションは難しくなることでしょう。

慣れ親しんだ土地に、家を建てて戻りたい方もいれば、戻りたくない方もいます。数メートルの防波堤を建てたい方もいれば、海が見えなくなるのが嫌な方もいます。年齢や、生活形態、価値観の違いで以前と同じものには戻れないのが現状です。それぞれを認め、今までとは違う新しいつながりの中、町が生まれるのはまだ先になりそうです。生活自体の保証はある程度出来ているように思えますが、なんとなくバラバラのままで、その大切なつながりを育成する所には復興資金や意識が回っていない気がしました。

我々個々はバラバラが魅力です。しかしそのバラバラのピースを合わせ人とつながり助け合うことが出来なければなんともつまらない世の中になってしまうでしょう。

閖上には「閖上の記憶」という震災の記録や体験を語り継いでゆく施設があります。そこには子供たちの震災前の町、震災の時の町、これからの町の3つのジオラマがあり、これからの町には津波に負けない素晴らしいいろいろな工夫がありました。

いやー、前回しかり、やはりいろいろ感じ自身に目を向ける時間でした。