2008年7月16日水曜日

スポンジしぼり

注射が嫌いである。

8月より一ヶ月間、ブラジルにてダンス公演を行う。
2008年は日本人ブラジル移住100周年にあたり、
ブラジルとの文化交流として主要都市を廻る。

以前、東京の青山円形劇場でも行った作品で
「現代舞踏」の加藤みや子さん演出の「笑う土」に参加する。

実はブラジル熱帯地方に黄熱病の発症者が確認され、
渡航において予防注射を勧められた。まよう。


注射が平気な人には笑い事であるが、
告白すれば、自分は注射を打つと気絶してしまうのである。



始まりは高校時代。ボランティア意識の目覚めた献血の時である。
とにかく初献血を終えるやいなや目の前が白い世界に変わり、
気がつくと献血バスのベッドに寝ていた。

その日はたまたま体調が悪かったのか、
注射経験は以前にもあったが、それ以来の特異状況なのである。
その後は20代にピアスの穴空け、腕のタトゥー、
親知らずを抜く時の麻酔と全ての針に身体はことごとく反応し、
ことごとくその場で意識を失った。

おととしは腰を痛め、不安ながらも針治療に行ってみたのだが、
見事に体は針を拒み、目の前は白い世界に包まれていった。


トラウマである。

気を失うのは血を抜くことでの貧血によるものではなく、
体に突き刺さる尖った針に対しての体の記憶なのだ。

記憶は時間の経過とともに薄まっていると感じるが、
身体の真相の部分にはしっかり残っているのである。


・・・そのつながりで印象深い話を二つ。

一つは2001年のNY同時多発テロの経験。
そのときはNYに単身で半年ほど滞在しており、
色々な意味で踊りの転機の時である。
その日の朝、ハーレムに住んでいた自分は
ルームシェアのアメリカ人カサンにたたき起こされてその事件をTVで目にした。

身近でのあの出来事はかなり強烈であり、
カサンにしてみれば自国のこと。自分の何倍ものショックであり、
彼の半ばパニック的な心情は痛烈に伝わった。

彼は黒人ミュージシャンで、どちらかといえば物静かに
ピアノを弾くタイプであったが次の日から急に
何本もコメディ映画を借りるようになり、夜な夜な大声で
笑って観ていたのは印象深く、忘れない光景である。

自分も一緒にMrビーンを観ていた。

カサンの行動は当事者の象徴的行動の一つであったし、
国全体が大きく変わった瞬間を痛烈に肌で感じた。

その日からつい最近まで飛行機の墜落する夢を見ることがあった。
何でも結びつけるつもりはないが、リアリティーさは
無関係には思えないほどで、
カサンにはもっと強い形で残っているはずである。



次に、懐かないうさぎの話につながる。
現在自分の家には、猫のハナの他にうさぎのクロとチャイロが生活している。
懐かないのはクロのことで、その名の通り体毛は黒で
年の舞台「ソケリッサ!」の出演者である。

ペットショップで購入したときは片手に載る大きさで、
携帯できるピアノの鍵盤の上に檻を作りその中で自由に動いてもらった。
つまり舞台では彼の動くことで鍵盤の音がなり、
その即興ミュージックと供に自分が踊るという状況である。

その演奏はチャイロと共に二匹とも情緒があり、
ぜひまた共演したいと思っていたのだが、
悲しい事にクロは自分に懐いていない。

実は不注意で猫のハナがクロに傷を負わせ、
その傷が化膿してかなり大がかりな事になってしまった。
ネコはうさぎを補食しないと浅はかさがあったのだろう。

もちろん捕食はしないのだが、ネコの本能で戯れるのである。
一見柵から出たうさぎと仲良くしているようには思えたのだが、
そこには弱肉強食の世界がしっかり存在し明らかに
今までとは違う空気が張りつめており、
今までの柵を隔てた緩慢な目つきはお互いになかった。



動物は人に飼われる場合、区切られた場所に保護される。
そこでは生存する必然のために備わった個々の特性、
強烈な生命エネルギーは行き場を失い、別の動物へと変わる。
本能を押さえ込まれると、DNAレベルではいかなる心境なのだろうか。

以上の思考は現在の回想の中での展開であり、
傷ついたうさぎに対して正当化をしている訳では無い。
とにかく動物病院では獣医師にこっぴどくしかられた。
猫用のおもちゃはうさぎの毛で作られることも多く、
仲良くなることはありえないとの事である。

正にその通りであり、利己主義が招いた出来事には本当に深く反省している…。

化膿している部位を削除する手術をして、一ヶ月入院、
傷が治るまで三ヶ月通院し、今では食欲も旺盛でハナ並の大きさにまでなった。

しかし明らかに触られる事に対しての反応は以前とは全く違いがあり、
体を抱えると置物のように硬直する。
さんざん体を触られ恐怖を感じた訳である。




「トラウマ」「精神的外傷」を広辞苑で引く。
「精神に持続的な影響を与える原因となる心理的ショック」とある。

次に「精神」で引く。
「1:(物質、肉体に対して)心、意識」
「2:知性的、理性的な能動的、目的意識な心の動き。根気。気力」
…以下、省略

トラウマは、心・意識に大きく影響する要因であり、
良かれ悪しかれ、強烈な心理的ショックは人間形成の
大きな要因なのである。

つまり人間本来の生命エネルギーにおける
優れた芸術はトラウマを与えるべきものである。

これは別に大げさでもない。

7月より子供に踊りを教え始めた。
子供達は眩い新しいスポンジであり、吸収力は抜群である。
やはり大人との大きな違いは吸収力であり、
くたくたに吸い込みきったスポンジの大人はたくさんいる。
(なにげなくそのくたくたのスポンジをもつ大人が好きなのだが…)

何を教えるべきか?
本当におもしろいと思える将来の踊りの形は何か?

それは、自分の汗水流して創りあげた芸術を
一瞬でくつがえす踊り…。


それができれば最高である。

つまりそれは目の前にない事を教えるべきであり、
そこには今の常識も鼻息で飛ばしてくつがえす力をもつ
人間が笑っているのである。

予想を裏切られることは楽しい。
どんな大人にしろ、赤ん坊から人生は始まり、
生まれたときはフレッシュなスポンジである。

産声を上げた瞬間からそのスポンジには現代社会侵攻が始まり、
どんどん吸収されていく。10代ともなれば明らかに
それぞれの10年間はスポンジに見える。

将来はどんな大人になっているのか判らない。



今はトラウマを与えること。


自分は一緒にそれを楽しむのである。





ではこのへんで…。

※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年6月18日水曜日

プールサイドストーリー

まず夢の話。

その夢は子供達とプールサイドで踊っているところから始まった。
おそらく皆小学生位で50人以上はいた。
自分と一緒になって踊っている子供、プールに入る子供、
周りを走り回る子供など皆楽しそうだった。

ただ一つ違和感を感じる設定は、
あの話題の競泳水着のフルスーツ姿であること。
断っておくが幼児趣味があるわけでもない。
もちろん水着に関してはニュースの影響は間違いない。

そのうち一緒に踊っていた男の子が一人、
プールに自分を投げ入れて遊んで欲しいとせがんできた。
自分の中には小さい頃そうやって父親に投げ入れてもらった記憶があり、
なかなかスリルがあって楽しかった思い出が残っている。

自分はその男の子を持ち上げた。
軽くはないが投げられない重さではない。
自分は強く押し出してプールサイドから投げ入れた。

ところがその男の子は、力配分での着水イメージ地点を越して
ぴゅーっとまんがのように空を飛んで行き、
なんと反対側のプールサイドに落ちてしまった。

残酷な展開にあわてて駆け寄ると、
男の子は25m以上は飛んで落ちたにもかかわらず
かすり傷ひとつない。まさしく夢の中である。

そして男の子は目を白黒させながら、
「この水着は飛ぶんだ」と教えてくれた。


飛ぶらしい。

しかし夢ほど意識下のコントロールのきかない世界は無い。
その展開や演出はまことに驚くべき時がある。

子供達とのプールサイドダンスは、
太極拳のようなパンチのくり返しでおもしろかったが、
それ程の振り付けといえるものでは無かった。

しかし現実の世界では想像の出来ない動きや、
演出は大いに参考に値する。

それにしても子供達が皆あの有名な
競泳水着のフルスーツを着用している光景は強烈であった。
あの競泳水着のネーミングには空を飛んでいくような
イメージを持っていたのかも知れない。

日常において、人が身体を動かす場合、
習慣的な動きほど無意識に体を使用している
(無意識のうちに命令を送る)。

踊りの場合は実は結構忙しい。空間を意識したり、
指の先まで命令を送ったり、無意識を、
意識を持って演出したりと内側ではめまぐるしく
状況が変わっていくのを感じる。

何はともあれ、無意識に作り上げられるもう一つの世界は、
自分にとって大きな刺激になっている。

現実の自分の目の前だけの世界は、
実は、とてもちっぽけなのである。

さて、ここで前回の続きだが、
インドから帰ってきてやりたくなった事の一つである
体を使った仕事への興味の実現についてである。

インドの物乞いをして暮らす人たちを見て思ったのだが、
日本では家が無くなっても仕事がなくなっても食べることは可能である
。いわゆる炊き出しや廃棄食料の多さなどで比較的に
ホームレス境遇といえども体格がよかったりする。

自分が興味を感じたのは力車の自転車を漕ぐおじさん達や、
目前に集まってくる物乞いの人たちの生きるエネルギーであった。
あのギラギラした眼は浅黒い肌もあいなって一層強さを増す光であった。

死ぬまで自転車を漕ぐと言っていたおじいさんの
自転車を漕いで出来上がった無駄のない体型。
そして少しでも収入を増やそうとする浅ましく思える程のエネルギー。

とにかくその身体全体から発する説得力は嫌でも目を奪い、
存在は自分の内に響いてくる。

又、鋭い眼光でこちらを見つめ、
その視線を逸らすことなく手を差し出し、
施しを待つ物乞いの人達。ルピーを受け取ることができると
彼らは礼を言わず遠ざかる。

カースト制度により最下層の生活を強いられてきた彼らの
物乞いをする行為は、自分の目には明らかに労働に映る。

生きることに対して常に向き合う彼らの圧倒的な存在感と
その背負う歴史もろとも、骨格の浮き上がった痩せ細った
身体で土の上にふわり立っている。




さて働くと言うことに対して自分はどういうイメージを持ち、
そこに何を期待しているのか…。



日本社会に密接した肉体労働を体感し、
そこで得る物は何か…?と体裁よく文面には表現できるが、
ここのところ出費がかさんだのでアルバイトをしてみようという展開である。
冷やかしではなく結構真剣に取り組んだ。

アルバイト自体は飲食店のウエイターや皿洗い、
窓ふきにビル掃除、チラシ配りやスキー場、民宿、
日焼けサロンでの店員まで…かなりの職種はこなしている。
しかし、10年前のことで現在の自分の感覚とは違いもある。

2種類やってみた。

一つ目は空カンやビン、ペットボトル等、
いわゆる不燃ゴミの仕分けである。

街中や家庭などより収集されてきた不燃ゴミには
分別とはほど遠いものがまだ山のようにある事にまず驚く。
働いているのは年配者が多く、食べ残しや飲み残し、炎天下の中、
腐臭や汚れや汗にまみれ、黙々と作業をこなす。

若者はなかなか続かず、外国人を雇う現場も多いらしい。
そこは15人程の現場であり、20代はほとんどいない。
見たところ30代が半数で残りは50~60代後半までいるように見える。

長時間かがんで硬くなりのびづらくなった腰は、
食べるための大事な仕事というプライドで形つくられたものである。

50歳だと言ったおじさんは、むかしは建築デザイナーであったと話していた。
この仕事をやらせてもらえる事に感謝しているとのこと。
趣味はクラッシックギターであるが、仕事で指が硬くなり弾きづらくなってきたと言う。
しかし、無骨なひびきこそこのおじさんの曲である。



それにしてもこの仕事は苛酷で鼻の穴まで汚れにまみれ、
作業着は迷彩服に替わる。

日暮れまで働き、山積みの不燃ゴミの重さは
日給8000円という金額の重さになる。


もうひとつは荷物の仕分け作業である。


1日7000円程で、業界でもトップクラスに入る宅急便を扱う
この会社はシステムもすばらしく、ベルトコンベアの上に
流れてくる荷物量はとめどない。

間違いなく重労働であり、ゴミの仕分けよりも年齢層は断然若い。
アルバイトにおいては20代後半が多く高校生も働いている。
一般的な社会の一部がありそしてそこに自分の予想をしたリアリティがあった。

それは特別なことでは全くなく、生きる余裕のようなものである。
つまり生きることに対して常に向き合う必要はないわけであり、
仕事に執着するまでもなく、別の仕事でもかまわないともいえる。
もちろん仕事もきちんとこなし、成果も上げている。
誇りを持ち働く人もいる。

ここだけではない社会に広がる空気はその匂いであり特異ではない。

もし仮にギラギラと痩せ細り生きることに誰もがどん欲であれば、
自分は逆に存在感を持たない人に対してあこがれと
興味が大きくふくらむのかもしれない。

とにかく理想だけではすべてを収めることの
できない複雑さが人にはあり、簡単に良い悪いとはい言えない。



働くという行為に自分は何を求めているのだろう…。


これらのアルバイトは6月で終わる。
もの覚えのおそい自分はやっと慣れてこなせてきたくらいではあるが、
7月は一ヶ月間子供に踊りを教えることにもなり、展開に楽しみができた。

ーーー

実は、宅急便の荷物を強く押し出す動きが、
何か心の片隅に少し引っかかっていた。

今、判った。

夢の中で子供をプールに投げる動作と同じ感覚であった。

夢の潜在力はいい。








今回はこのへんで。

※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年5月19日月曜日

仮面ダンス2

人間の生命力は強烈だ。
身体がムズムズとしてじっとしているのがつらい。
子供の時の感覚を思い出す。

3月下旬といえどデリーの気温は30度近くありその熱気の中、
さらに暑苦しいおじさん達が街にあふれている。

露天商や洋服屋、ホテルや観光の勧誘やタクシー、物乞いまで。
一度話に乗るととにかく高値での提示から交渉が始まるのは
日本人に対する商売の定石らしい。

10ルピー、20ルピーまけるまけないの交渉は
100円にも満たない場合も多い。

しかし必至の熱気が体中からあふれている。

つまり生きる為、生活の為であり
そうそうにおれない勢いの眼力は強烈であり、
こちらも何度か相手の言い値でおれてしまったこともあった。


一度リキシャを漕がせてもらった事がある。


リキシャは人力車の自転車バージョンといった乗り物で
2人乗り程の荷台を自転車でひいて人や荷を運ぶ。



ビスケットをせがむ子供達と遊んでいると
そのリキシャの運転手はいきなり話しかけてきた。

見た感じは60代くらいだが背筋もしっかりとしている。
何を話しているのかわかりづらかったのだが、
どうやら靴を履いていない子供を、
靴を履いている人間が触るのは珍しいとか
そのようなニュアンスである・・・。

ひとつも笑顔を見せない運転手は、
ただで乗せてくれると言ったが、別に行く当てもないので断ると、
お前が漕いで俺を運べと言ってきた。


もちろん面白そうなので挑戦してみる。


簡単に見えていたが、自転車のペダルは相当に重く、
人を乗せていれば強烈な重労働である。
身体つきは細いがふくらはぎは筋肉が浮き上がっており、美しい。

クラクション鳴り響く、ほこりや排気ガス、
地球温暖化は全く気にしていないような道路状況は
健康被害も当然ありそうである。


生まれてからずーと自転車を漕いでいると言っていた。
自転車をこぎ続けて出来上がった身体…。



生活の延長に成り立つデザインには
無駄はなくシンプルである。
たいした装飾もない鉄製の自転車に
何十年も自転車を漕ぎ続けてきた老人の身体。
無駄のないいさぎよさは心に響いた。

内側から出来上がった外側は説得力があり、美しさがある。
見渡せばうさんくさく感じていたインド人達が
何となくかっこよく見えるような気がして笑えた。



ガンジス川のほとりで物思いにふける
インド人達の姿を目にする。

聖なるガンジス河の岸辺に何時間も座っているだけで、
ヨガの達人やら選任のように見えるから不思議である。

ガンジス河の川幅は200m~300mはあり、
向こう岸は人の住まない広野のようだ。
確かにかなり壮大な景色である。
人の住んでいる側は階段状になっているガートと
呼ばれる沐浴上がつらなり、人々はそこで聖なる川の水をあび、
洗濯をして、体を洗い、子供達は水遊びをしている。

横では牛が水から顔を出して群れになっている。
まさに生活の一部。

聖なる川なのだがゴミを捨てることには抵抗がないようだ。
最大限の川の利用法である。

これがまったく美しく生活臭のしない川であれば
当たり前でありこんなに観光客も集まらない気がする。

ガンジス河の岸辺のヨガの達人も、
仙人も頭の中は哲学的思考に満たされているわけではなく
結構カラッポなのかもしれない。

ただぼーっとそこにたたずんでいるというか、
存在しているというだけに思えてきた。

つまり森に生えている木や草や花のようにただそこに存在として、
瞬間瞬間を生きているにすぎないのかもしれない。

こういう表現を使うと美化しているかのごとく感じてしまうが、
インドという環境で暮らし、生活しているといるとこうなった
、という人間の生命力が形ではなくそのまま
生のままむき出しているのを自分は感じていた。


日本に帰ってきてからも身体はムズムズ何かに突き動かされている。
運の良いことに、8月一ヶ月、ブラジルでのダンス公演の仕事が入った。
ついでにブラジルの路上で踊ってみることが出来る。



それともう一つ。


ダンスではない肉体を使ったシンプルな仕事をやってみたくなり、
10年ぶりのアルバイトをした。

いわゆる肉体労働である。
時給950円。




詳しくはまた次回。




※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年4月16日水曜日

仮面ダンス

インドに行って来ました。

「あつかった」


3月23日から2週間の旅です。

次の企画の思惑もあり、「ソケリッサ!!」の舞台終了後、
落ち着くまもなく出発しました。

そもそもなぜインドに行こうと思ったのか、

芸術を必要としている対象は、
チケットを買える人間ばかりではないということ、
又、異国の地の路上で踊る事での観客の反応等・・

その辺りを踏まえ、頭の中でシュミレーションをしてみます
おもしろい、行動に移してみたい、と思った国の一つがここでした。

書店に数ある紀行本の中でも
この国に関しての内容本は恐らくトップともいえるでしょう。
つまり何らかの感銘を受ける人間の多さ、
人に伝えたい出来事や状況の多さ・・という事。

少なくとも日本では味わえない感覚はそこにあるようです。



飛行機が空港に着きました。

始めに、ホテル街でもある、
ニューデリーのメインバザールに到着したときの感覚は強烈でした。



なんとか状況説明をしてみます。

時間は夜7時位、ちょうど日が暮れかける感じです。
東京の竹下通りのような道幅、そこにホテル、
洋服、靴屋、食べ物(店の前に油入りの大きななべがあり、
あげ物を作っていたり) 電気屋、お香にタバコや土産屋等、

他にバナナなどの果物売りの荷車、
道端に広げる香辛料や穀物売り、
そこを行きかう三輪オートのタクシーに、
自転車タクシーのリキシャー、車、人、牛、野良犬・・
それらが土埃の中、とにかくはげしいクラクションやら、
物売り、勧誘の声に当然ながら解らないヒンディー語の会話・・
圧迫感のある40度近い気温と、街自体の熱気が全身を覆い、
そこにのって道端の牛や犬の糞や尿とゴミの匂い、
お香やフルーツの甘さ、タバコや香辛料の匂いが混ざり、
主張しただよっている場所。


そんな感じです。

そこに到着した自分の傍にはホテルの勧誘やら、
絵に描いたような物乞う人が近づいてきます。
舞台本番を終え正直疲労も残る自分には、
油断もありましたが、間違い無くすべての状況に圧倒されました。


インドについての本は何冊か目を通し、
ある程度想像はしていた通りです。
しかし、五感を通し、カラダの内外に圧倒するエネルギーは、
その同じ空間に存在をすることでしか
感じ得ないものがあるという事を改めて思います。


興味が強いのは、とにかくその一番最初の感覚です。
そこに素直に見えるモノです。

経験をつみ、学習をし、慣れていく事も重要かもしれませんが。
初めての経験や体験で得る圧倒される感覚は、一度きりです。

それは貴い。


さてあれこれと分析するつもりはありませんが・・
自分はこの国では黙って過ごす事が出来ませんでした。


地下鉄や食堂のメニュー、
公共施設の入場料以外、
基本的には値段は提示しておらず、
何事にも交渉が普通です。

買い物では他国でも良くある光景ですが、
タクシーともなれば、値段交渉をしても
高額な料金請求をされる場合もあります。

自分がよく利用していたのは、
バイクのタクシーのようなオートリキシャと、
さらに近場はサイクルリキシャー
という人力車の自転車版です。

基本的に道を歩けば、
「乗ってけ」なり「観光に連れて行く」なり
リキシャ運転手は頻繁に声をかけてきます。

それ以外にも物売り、うさんくさい勧誘やら、
うるさいの一言でした。

大人しくしていれば、さらに強引になり、
言葉巧みに言いくるめようと展開したりします。

つまりそこでひるまないエネルギーを使う事になります。

日本の10分の1くらいの物価の状況、値段交渉も、
日本での50円や100円。

そこまで構えすぎても・・というのが現状ですが、
この辺の感覚は難しい。

しかしとにかくこのおじさん達は皆生活の為に必死であり、
日本人は金持ちで、もらえるならたくさん欲しい。
ということであり、それはとにかく伝わります。



旅の最後の方に知り合った、
インド人の青年ラカン氏が言ってました。

「インドには仕事に就いてない人間が山のようにいます、
家族に食べさす為に犯罪もしてしまいます。
とにかく仕事が欲しい、日本に連れて行ってください。」

さすがに日本に連れて行くことは断りましたが、
たしかに現状でしょう・・・


彼は自分に「街のガイドをするからガイド料をくれないか?」
と言ってきました。値段は200ルピ-、約600円です。

彼の家庭では、家族みんなで月収が800~1500ルピー、
お父さんは馬車で運搬をする仕事とかで、
姉さんがミシンで洋服の仕立てをしており、
彼はたまにガイドをして稼ぐとのこと、
200ルピーは大金です。

交渉は100ルピーで、
いいガイドであれば200ルピーを払う約束にしました。

彼とバイクに乗り周りましたが。
本当にインド文化の歴史もまじえつつの良いガイドでした。
200ルピー払いました。対等の付き合いでの金銭感覚が、
重要だと思います。

彼とのやり取りだけでも色々考える事がありました。


とにかく一歩外に出れば何かとエネルギーを必要とします。




日本では、日常において、
コンビニでもスーパーでも黙って買い物が出来るし、
他人との摩擦をいかに減らすかという社会の流れもあります。
感情が無くても食べていける、人間相手にがんばる事は
あまり必要でないのでしょう。



もちろん自分も、誰との接触もなしに、
又何も話さない一日はよくあります。

自分は日本人であるという事を、
とにかく感じます。






そして、踊りました。


撮影:同行した通訳さん


ジャマーマスジットというイスラム教のインド最大の礼拝場があり、
その近くの大通りでやってみることに。
その近辺はいわゆる最下層の暮らしをする人たちが
多い地域にあたります。

日本の路上生活者との大きな違いは、
生まれてから死ぬまでその生活形態は
変わらないのが現状という点です。


生まれてからその暮らしで当たり前であるという人生・・

極論かもしれませんが、
自由のつもりでも自由でなく、見えているようで見えず、
現状から殻を破る意味さえ解らないのは、
カーストやインドが特別だからでなく、
実は自分達誰でも持ち合わせている気がします。




その場所で踊るということ・・


まぁ考えても自分を駆り立てるものが明確ではありません。

ただすべてが一生懸命に生活をしているというか、
インドのシステムの中で、不器用な生き方だったり、
ずるがしこい生き方だったり、適当だったり、
一心不乱に神に祈り、美しかったり、
土まみれになったり、とにかくそこらへんが、
自分の踊りたい欲求を強烈な力で
押し出そうとしてくる感覚です。


「あついもの」です。


日本から用意をしたダンボールの面をかぶり、
模様や、表情を描きます。

その描いたイメージが、
自分の言葉に表現できない動きであり、踊りになります。


踊り始め大人子供が徐々に集まり始めます。
裸足の汚れた服装の人、普通のシャツの通行人、
友達同士の学生らしきグループ・・
肌の色のせいか、白目の部分が強調されて見えます。
その視線には、自分に対する興味を感じます。

面の中の表情が気になるようで、皆のぞきたがり、
動きのマネをしたり・・
良い緊張に包まれました。




しかし途中から一部の若者達がいたずらを始め、
足元に氷を撒いてきました。
遊びの延長での行動はわかりました。

続けます・・

そして彼らは最終的に、
この時持っていたダンボールのお面を全部破いてしまいました。


これには正直頭にきて、怒りを表しましたが、
相手はなんとも無いようなリアクションでした。


傷つきました。


もっとつかみかかり怒りをあらわにすればよかったのか、
単に場所が悪いのか、彼らの場所に入りすぎたのか、
惹きつける力が無かったのか・・


帰り道、涙が出てきました。久しぶりに。


何の涙かも解りません、行動によってのものか、
貧困を目にしてなのか、仕事の疲れなのか、


日本の日常では、
やはり人は心を動かしにくい状況だと思っています。

人との関係の中で、怒り、ただ悔しくて涙を流したり、
喜び、心から感動したり、大きな力に突き動かされる状況は、
人によれば格好悪い事に見えるかもしれません。

喜びの涙にしろ、悔し涙にしろ、心が動く証し。
それはとても人間的でいるアイテムの一つだと思っています。
状況を振り返ると、泣く場所を探していたのかもしれません。




この流れでの自分の経験は、
純粋に文章にして伝えたいと思いました。



その後の路上での踊りは、妨害される事も無く展開し、
バラナシという場所では、 現地のガイドの協力もあり、
いくつかの村に行きました。



踊り終わりの感想においては

「よかった」「面白い」「エクササイズみたい」
「曲はいつも無いのか」「もう一度やれ」
といった感じで、最後に「又来て欲しい」
という声が何度か聞けた事に対しては、
素直に又来たいという気持ちが湧きます。





いやぁ・・いろいろありました。



最後まで踊れたにしろ、無理だったにしろ、
この国で踊りたいと思った理由もなんとなく見えました。

もちろんインドだから受け入れられなかった
という風には思っていません。

どこでも旨く行かない事はありうるはずで、
たまたまだったと思います。





ダンボールの仮面は最後にはずして踊ります。

やはり皆、顔を見たいようです。










この旅の話、続きは又次回に・・

※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年3月21日金曜日

いい加減なうた

今回の舞台「ソケリッサ!!」~いい加減なうたの章~において、
会場に足を運んでいただいた皆さんに、
この場を借りて心より感謝を伝えたいと思います。

又、非常にたくさんの方に興味を持っていただき、取材及び、
宣伝に協力をしていただいた事に感謝しています。

ありがとうございました。


まずは、本番を経た感想・・

ちなみに、おじさん達は、
「よかった」 「たのしめました」 「すっきりした」 「おわった」
このような一言でした。

端的です。

おじさん達の発言、行動を見ていると、ふと見えるモノがよくあります。



都会で生活を営む人が、山や自然のある場所に、息抜きなり旅行に行くとします。

よくある光景です。

そして景色を堪能し、風を感じ、空気のにおいを嗅いで、
日常なじみない自然を全身で感じようとします。

もちろん悪い事ではありません。当たり前とも言えるでしょう。

しかし山や自然の中で暮らしを営む人は、自然を堪能しよう、空気が美味しい、等いちいち毎日感じているようには見えません。

そこにただシンプルに暮らし、無理なく存在しているだけに見えます。
そこで過剰な行動も、違和感もなく振舞う事ができます。

当たり前といえばそこまでですが・・



つまりシンプルに生き難い現代、つまり都市生活の中で、
人は知らずに常にどこか力を入れて、ニュートラルでなくなってしまう気がします。

したがって感じようとがんばってしまう・・

自然の一部として存在する事が難しいのです。
(人間も特別でなく自然の一部だと思っています)


もちろんこれだけで、全てを語るつもりもありません。

ホームレス境遇者が良し悪しの展開にはしませんが、
おじさん達に、社会のシステムに縛られていない一端のようなものを感じたことは確かです。



ここで話は戻ります。

さて自分の感想は、おじさん達の軽い感想より重くするのはしゃくなので、
上にある、おじさん達の感想を足し、

「よのきりた」でいきます。

「不真面目」「わからない」と言われます・・


本題です

・・・マジメな話、現在人が使用している言葉だけで、すべてが伝わっているとは思えず、
気持ちを的確に伝えようとすると、このようになるのはどうでしょう?

これがいい加減なうた、です。
マジメに、いい加減を謳うです。

500~600万年前に誕生したといわれる人類、
そして西暦においてはたかだか2000年そこそこです。
人間の歴史はこれからまだまだ何千年と続くはずです・・さて死ぬまでが区切りでしょうか?

その、そこそこでの確立している常識を疑えば、「よのきりた」という表現もありでしょう。



人間はこれで完成だと思う事はきけんです。

つまり2000年そこそこの歴史(文献)や常識が全てであるはずもなく、
もっともっと自由で、可能性がまだまだあるはずです。

自分の作品は、この部分がくっきます。
つまり常識の範疇ではわかりにくい作品となるかもしれません。

しかし自分は人間の可能性を停滞させるつもりは無く、
今ある常識だけで、物事すべてをまとめる事は人にとってどうなのか・・

今ある常識だけで、人間を表現する事は無理があるのではないか、と思っています。

もちろん何が適しているかまだまだわかりません。表現法も無限です。



1000年先、世の中はどうなのか?

幸せのネバーランドが展開していれば、日常の会話はすべて歌になっているでしょう。

そのくらいでいいのです。



哲学的になってきますが・・


人生は目を閉じて歩いているようなもので、
何も無い道なのに、先に障害物や何かが
潜んでいるという錯覚に陥っているような気がします。

感覚に冷静に対処をし、物事にとらわれ過ぎない
ニュートラルな状況にいようと思います。

今日の状況のなかを”前進し”無理なく生きること、
そしてその時代の環境で生まれる感覚を表現をする事が自然な気がします。

「ソケリッサ!!」~いい加減な謳の章~はそこから生まれました。

今の時代だからこの作品が生まれたと思います。



苦労話でも書けばいいのですが、忘れました。


最後に・・

本番中はおじさん達は間違いなく主役であり、
社会でのとても脇役の日常とは、本当に対極の状況でした。

そこで生まれ出てくるものは何か?


こちらの答えもなかなか単純なものではなく、
自分に明確に答える事は出来ません・・

もちろん何かが生まれ、変化はしている気はします。

ただ言える事は、その空間にお客さんと自分が一緒に存在をして、
それぞれ何かを感じていることです。

そして生まれ出てくるものは何か?

そこは一番の興味でした。


そして作品にはいわゆるアオキ裕キの色、そして表現をする人間それぞれの色、があり、
そしてその作品全体を、観客は自身の色とともに鑑賞します。

その両者の混ざり合った色はさまざまで、
色にはにおいや温度も備わっている場合があるかもしれません。


それが心地良い色になっていれば、うれしく思います。

作品を観ていただいた方の力強い声は、作品に関わった全員の力になります。

ありがとうございました。



シンプルでは無い話になってしまいました・・

「よのきりた」

がやはりちょうど良い感覚です。

※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年3月12日水曜日

「ソケリッサ!!」の楽しみ方

昨日、最後の全体練習が終わりました。

6人の懸命な表現を眺めながら、密かに躍動に包まれていました。

おじさん達の言葉を超えた表現を、とにかくたくさんの方に観て欲しいと思っています。
ホームレス問題に深く興味があるわけでも、おじさん達を何とか助けようと始めたわけでもなく、 とにかく「路上で生活している」人間の表現を、芸術として見せたい一身で始めた企画です。

難しく考える事もありません、とにかく楽しみに来て下さい。



※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ

2008年2月12日火曜日

どうぶつのススメ

飼い猫の「ハナ」が行方不明になりました。



拾った時、怪我をしていた子猫で、そろそろ2年近くなる仲です。

いつもは散歩に出ても30分くらいで戻りますが、
数時間経っても彼の鈴の音は聞こえてきません。

一般に外猫のテリトリーは、家を中心に
半径500メートル位と言われ道に迷うと
その場所からさらに少しずつ半径を広げるらしく、
迷い猫は早めの捜索が必要です。

しかし夜中の捜索もむなしく、朝になっても戻りません。

周辺道路には形跡は無いので、
交通事故ではない気はしますが・・。


・・いなくなって二日経ちました。

迷い猫の張り紙を作りました。
たまに電柱などで見かけますが、
まず出てこないだろう、と思っていた記憶があります。

他人事でしたが、自分が作る事になるとは、と、
まさに失笑ものです。

同時に良く取れた写真を載せようと見ているうちに
感傷的にもなってきました・・




お互いマイペースの関係でしたが、かなり寂しさが押し寄せます。

朝からチラシも配る予定です。

情報では、普段使用している猫のトイレの砂を、猫の通りそうな場所へ撒くと、
自分の匂いを元に戻ってくる事もあるとのこと

もちろんすべて実行です。



動物はとにかく何かと匂いをかぎます。
彼も、ところ構わず嗅いでいます。
食べ物にしろ縄張りにしろ、匂いは識別の重要なポイントです、
昆虫にいたっては、視力がそこそこであろうと生活に支障はないらしい。
さらに小さい生物は脳は無いに等しいものまでいます。

つまりは「感覚」で生きている。

人間以外の生き物はまさに「感覚」で生きています。



ここで踊りの話になります、


踊りは「思考」と「感覚」の波に浮かんでいるといえます。

・・覚えた振付を踊るのは「思考」

これはまさに人間業です、

(いつぞや振付を覚えたサルを見たこともありますが、
振付けをしたのはサルではなく人間です。)



・・状況に身をゆだねるのは「感覚」

舞台に立てば観客の視線はおのずとすべてに注がれます。
そこで観客の視線をしっかりと感じ、

おのれの緊張もすべてそのまま受け止めます。

観客は表現者の身体の内外の使い方、表情の一つ一つ、目線に瞬き、
すべては表現として受け止めているはずです。

緊張はごまかそうとするのでなく、大事なのはその感覚をも受け入れる事です。
ごまかせば必ずほころび、違和感が見えてきます。

つまりそこで自分をどう見てもらうのか、何を伝えるのか、
その空間にピリッと観客と表現者のコミュニケーションが生まれるのです。


まったく振付も無くし、「思考」を排除した場合の動きは動物的であり、
逆に「感覚」を拒否していけば、機械的に見えてくるということです。


これは人の日常でも同じ事。


何も考えずに行動する人間は動物的に見え、
すべて行動を考えて計算する人間は、機械的に見えますね。


「思考」と「感覚」の波に漂うのです。


ところが、両方を兼ね備えてる人間のはずですが、お判りの通り
近代化に伴い「感覚」をないがしろにしてしまっています。

それは言い換えれば現代社会に、合わせて生きていくという、手段でしょう・・


しかし人間は生き物、「感覚」は必要です。


例えば健康に関して一番シンプルな事は、
サプリメントでも薬に頼るでもなく「感覚」を利用することです。

重要なのは、まず自分の呼吸の深さと、呼吸のスピードを認識することです。

これは大事です。

自分自身の内側に対しての意識が薄くありませんか?

とにかく体が緊張していれば、必然と呼吸は浅くなり、速くなります。
体内の酸素供給が悪いとなれば、臓器にはストレスと負担がかかるのは当然です。

自分の体格に合ったゆったりとした呼吸を心がけます。

日常の自分の表情はどうでしょう?気がつけば奥歯をかみ締めていたり・・

ここぞというとき意外は、身体は固めずリラックスする事が自然なのです。

日常を映像に収めると、理想とかけ離れた自分の表情やしぐさに、
がっかりする人が多いかも知れません。

「感覚」は使えばおのずと身体の信号を心に伝えるようになり、

状況の判断をしてくれるはずです。

ダイエットにしても、本当に空腹なのか、もしくはストレスを埋めるために食べているのか・・
体の感覚を感じる事もできなくなり、すべてを空腹の文字でくるんで食べていれば、

当然脂肪は増えるでしょう。



とにかく、人以外の自然界の生き物は、

「余計な捕食をしない」

「病気で亡くならない」

ということです。

死ぬのは餌食に、怪我や寿命。

これは実はすごい事だと思っています。



人は「思考」と「感覚」の力で文明をつくり、様々なモノを創造してきました。

どちらかが欠けても今日の状況は無かったことでしょう。

「感覚」は失っていないはずです。

芸術にしろ、思考や、建造にいたるまで、
本当に人の為になっているモノは、双方のバランスが取れた賜物と感じます。

ちなみにこのブログは、「クリエーターズブログ」といいますが、
クリエーターという職は特別ではありません。

人は皆本来、クリエーターだと思っています。
本能にインプットしてあるはずです。

ただその本能を使う瞬間に差し迫っていないだけ、
もしくは生活環境、教育環境での影響があるかもしれません。


人はたとえ仕事や習慣になってなくとも、生きる事に強く情熱を傾けた時、
頼るのは自分の身一つになった時、何かを見つけ、何かを創り出せると思っています。


太古より先代はそうやって「思考」と「感覚」を使用し、工夫を重ね発展し生きてきたはずです。



自分は、動物の「病気にならない」という生き方は、
人間にとってもありうると感じます・・



いやいや、病気になるのは寿命を延ばしたツケ、
もしくは病気は「思考」に付いて回るものなどと、言われそうですが、

今回は「思考」での探求はやめましょう・・

夢のある話で終わらせます。





飼い猫の「ハナ」がいなくなった事で、
動物についての認識が少し深まりました。
動物は皆仲間です、しっかり共存していかなくては・・



今パソコンに向かっている自分の横で、「ハナ」は寝ています。

彼は猛烈な勢いで、三日目の早朝に、飛び込んで帰ってきました。

ばらまいた便所の砂の匂いのおかげ、”嗅覚”をどこまで利用したのかは解りません。



最後に

「ハナ」は「花」からつけた名前です。





・・今回はこの辺で

※宮崎による代理投稿。執筆はアオキ裕キ